2011年1月29日土曜日

Chinese Facebook - Renren

シアトル今日も薄曇りの寒い日が続いています。

最近よく読んでいる雑誌の今月のトピックは”The Facebook of China"でした。
これは気になりますよね。

日本でもMixiやGreeが専攻してSNSのシェアを獲得したように、中国でも中国版SNSのシェアがすごく拡大しているみたいです。

で、メインでシェアをとっているのが、

Renren (意味はEveryone's network) 
http://www.renren.com/

Kaixin001 
http://www.kaixion001.com/

の二つだそうで、中国国内だけで260 Million Usersをすでに獲得しているとか。
USの記事なんかを見ると、どちらのことも”Facebook cloned - SNS" なんて書いてありますね(笑)
アメリカ的視点・・。

File:Xiaonei homepage.png

アカウント作ろうとおもったら、認証画面に中国語を入れなきゃいけないとことがあったので断念。(入力も変換できませんでした。) 肝心の中身は見れていません(汗)

世界のいろんな違う国の『今』を知るのに、SNSってとても有効なツールだと思うのです。
残念なのは中国語が主要言語だけということ。よめませんー。

Facebookはそういう意味では、英語だから言葉の壁が低いのでエントリーは楽です。

これからMixやRenrenのように、独自言語だけで構築されるSNSと、Facebookのようにメインインタフェースは英語、入力は多言語のSNS、どんな風に人々を巻き込んでいくのか、楽しみです。

2011年1月28日金曜日

貧困大国アメリカ 

昨年、堤みかさんの『貧困大国アメリカ』と『アメリカ弱者革命』を読みました。

私自身、渡米してからアメリカの保険制度や教育制度を自分自身の生活のために調べていく中で、彼女が行き当たったと同じ疑問や憤りをかんじたので、それほどショッキングな内容ではなかった。(でも渡米する前に読んでいたらどうでしょうかね)

彼女のルポは、貧困層をメインに書いてますが、国民の6人にひとりが保険を適用できないというのは確かにそうで、企業に勤務する理由のひとつは社員へのBenefit(福利厚生)のひとつとして健康保険が適用されるというのはとても大きな事実です。『旦那がリストラされて保険がなくなったから医者にいけない。』って言うのはこちらの日常生活では普通にあることなんです。

夕飯の支度時にテレビでニュースをチェックするけど、アメリカって、こういう社会の弱者に焦点を当てた報道番組や、環境破壊に関する正確な情報を継続的に放映する『報道番組』が異常なほど少ない。

ニュース番組のチャンネルどこを回しても、政治か、ビジネスか、ダイエットか、動物か、コミュニティの話題しかやってないように思います。それ以外は、スポーツか、コメディか、ドラマか、あとはびっくりするぐらいキリスト教関連のチャンネルが多い。

も少し『社会に物申す!』的な立場の報道があってもいいんじゃないでしょうか。偏ってますね。

この本を読むと、その事実がとてもリアルに浮き彫りになりますね。

報道が教えてくれないアメリカ弱者革命(文庫版)

堤さんのブログによると、この貧困大国アメリカが、韓国語・台湾語の翻訳版に続き、中国語版が刊行されるそうです。
イメージ 1

そして堤さん自身はまだ・・・アメリカでの英語版の出版には未だ決断ができていないそうな。
その気持ちわかります。

その彼女が、4月にオレゴンポートランドのポートランド州立大学にこの本をもとにした講演を
されにくるそう。

この時期の地元紙の反応は要チェックですね。

ビザ発行

えー、昔のことを振り返りながら書きますが、渡米にあたりまず最初に手をつけなければならなかったのが、滞在ビザの発給手続きです。

米国の場合、3ヶ月以下(正確に言うと90日以下ですね)の滞在であれば観光ビザでOKですが、それ以上の滞在は米国が各人に発給する滞在ビザが必要です。
ご存知のとおりビザにもものすごい種類があります。
私が説明するより、この米国大使館のホームページの『ビザサービス』を見るのが一番正確だし手っ取り早いです。
http://tokyo.usembassy.gov/j/visa/tvisaj-nivgeneral.html
Embassy seal

日本だと『移民』という言葉自体があまり聴きなれない言葉ですが、積極的に移民を受け入れる政策を採っているアメリカでは渡米後非常によく耳にする言葉です。

で、『非移民ビザ』と『移民ビザ』という言葉の違い。サイト上で説明されていますが、米国人と結婚するとかグリーンカードが発給されたとか言う条件以外の米国滞在はもちろん、この『非移民ビザ』のジャンルが対象になります。

ビザの申請は、自分が該当するビザの種類ごとに申請書を作り、必要書類とともに提出し、大使館で面接を受け、あとは待つだけ・・。一般的には2Wぐらいで取得できるとこの大使館のサイトに書いてありますが、一概に日数はわからないようです。誰にも保障できないそうな。
私の場合、確か自分の分と子供の分両方とも思ったより早く2週間ほどで発給されたように思います。

さて、では非移民ビザの種類がどれだけあるかというと・・・。
こんなにあります(汗)↓ AからRまで。大前提で18種類。それがビザによっては更にB-1とか細分化されてますので、なんとざっくり20種類を超えるビザがあるようです。
非移民ビザの種類

学生ビザ(F,M)というのが留学生や学生の留学で使用する最もメジャーなビザです。米国内で渡米後所属する教育機関から書類を発行してもらいそれをベースに申請手続きをします。学ぶ場所が大学か大学院か、あるいは専門学校かでFなのかMなのかが代わるようですね。
私の記憶では、大学あるいはカレッジに留学をして、卒業後90日間は米国滞在が許されているようです。留学後米国内で就職を希望する方はこの期間内にインターンを体験したり、ある程度面接を受けて就職先が決まれば今度は就労ビザを発給してもらい、滞在延長なんてこともできるようですが、これは非常にまれなケースのようですね。
私がこちらでお会いした留学生の方たち(大学留学・社会人留学・MBAなど)も、3ヶ月で勤め先を決めるのなんて無理、ということで、この3ヶ月間をぶらりと旅行に使ったりのんびり米国内に済む同級生の実家をたずねたり、ということに使っていらっしゃる方もお見受けしました。


 続いて、もひとつメジャーなのが、会社からスポンサーしてもらえる就労ビザです。
正確に言うと『一時就労ビザ』というらしいですね。
種類は以下の3つ。HとLとEですね。
米国でお会いする日本人の方は、下記のビザである場合が多いです。
ちなみに、私たちは、伴侶が取得したL-1ビザの家族として、私も子供もL-2というのを発行されました。
ただし!ワーキングマザーにとっての落とし穴は、普通に行くとこのL-2とか家族ビザを取得しただけでは、米国内では就労できない=働けない!のですよ~。
  • 短期就労者ビザ (H)  -  あらかじめ定められた専門職または高度な技能に基づく短期間の雇用または米国で不足している労働者の短期的な補充または雇用主による研修のためのもの
  • 企業内転勤者ビザ (L-1)  -  企業内転勤者ビザの区分により、複数の国で事業を行なう多国籍企業が管理職・幹部社員を米国に転勤させることが可能
  • 貿易駐在員・投資駐在員ビザ (E-1およびE-2)  -  米国が通商航海条約を結んでいる国に国籍があり、主として米国と条約国間のサービスや技術に関して相当額な貿易を行なうこと、多額の資本を既に投資している、または投資のプロセスを進めている事業の展開や監督のために渡米しようとしている人に非移民条約貿易商・条約投資家ビザが発給されます。
詳しくはこちらをみてください。
http://tokyo.usembassy.gov/j/visa/tvisaj-niv-h2.html

で、家族ビザのばあい、じゃあ滞在中はずっと仕事ができんのか!?というともちろんそうではなくて『私は働きたい』と申請を出せば、許可を前提に就労可能ということになります。

ああ、腕がパンパンになりましたので、ちとここで一休み。
次はその就労許可の取得について話を進めます。

では~

2011年1月27日木曜日

はじめました。

ここのところずっと雨&悪天候が続いたシアトルは、今日は珍しく太陽が出ています。
はじめまして。
ずっとブログを始めようかどうしようか、悩み続けてもやは6年近く。
なぜ悩んだかというと、続けられるのかどうか心配。ただそれだけのことですが、一度はじめたら続けることが大事だ=継続は力なり という日本の伝統教育を受けたせいでしょうか。始める前から心配ばかりして、手をつけずにいました。

とはいえ、日本で渡米を祝ってくれた友人知人からも、『ブログとかやらないの?』といわれることも多く、今回新しい仕事をスタートしたことをきっかけに、つれづれなるままに仕事のこと、生活のこと、子持ちの米国生活、やら、日本人から見たここアメリカ、などなどについて、書いてみたいと思います。

ベネットの自己紹介です。

(筆者プロフィールにも同じことを書くことになるのでしょうけれども)
東京生まれ東京育ちの日本人女性。

高校(公立)、大学(私立)を得て、某ITソフトウェア大手に就職。
完全文系だった私がITの世界に無謀にも飛び込んだのは、あれは95年、学生の貧乏旅行中に通りすがりのLAでたまたまWindows 95のラウンチ騒ぎを目の当たりにし『ちょっとナニこの騒ぎは。パソコン??』と、触発され、帰国後大学のコンピュータールームでインターネットを使い始めたのがきっかけです。で、このWindowsを調べていくうちに、この製品を作っている会社に入って製品を売るための仕事がしたいな、なんて夢のような、でもそれなりに本気で新卒採用枠に応募。見事にまんまとこの会社だけで職を得ました。
もともと、外資系に勤めたいとかそんな希望はなくてたまたま会社が外資系でした。

その後、文系という負い目を背負いながらも、言葉のごとく馬車馬のように仕事一筋はたらき続け、同時に気合で結婚し子供を生んで、それでも未だ馬車馬モードが抜けず、
今にいたります。

渡米は伴侶が米会社に勤務したのがきっかけです。当時私が勤務していた会社は前述のソフトウェア大手ですが、日本はあくまでも支社。いわば子会社ですので、本社勤務はそう簡単にいきません。本社で職を得た場合は、日本支社を一旦退社して本社に入社しなおさなければいけません。

2007年から米国での就職活動のサーチを始めた私を待ち受けていたのは、それはそれは高くそびえる”ビジネス文化と言葉の壁”でした。加えて”海外での子育て”という体験までも。

同時にこのアメリカで、インターネットがもたらしたSNS革命の爆発を目の当たりにしています。
このあたりもブログでお伝えしていきたいと思います。

それでは!